── 押切先生にとってアクアプラスといえば「ピコピコ少年」で語られていたToHeartのエピソードだと思いますがいかがでしょう。
押切 そうですね。PCでずっとプレイしていました。ちなみに下川さんって僕が高校生のころから第一線で活躍されていたので、もっとずっと年上の方かと思っていました。
下川 まだギリギリ30代ですから(笑)
ToHeartでは宣伝マンなだけですから活躍していたかどうかは別ですが。熱心にプレイしていただいたんですね。
押切 友達にすすめられたのをきっかけに、やりましたねえ。工業高校に通いながら。まだWindows95の頃でしたね。
僕の人生の中で一番思い入れのあるゲームで、青春時代を支えてくれたんですよ。
── どのヒロインが好みだったのですか?
押切 委員長ですね。
下川 見た目ではなく?
押切 シナリオが良かったんですよ。“委員長”ということでみんなから敬遠されているじゃないですか。そして委員長に関する悪い噂が流れるんですよね。その噂のことをメインヒロインのあかりが主人公に伝えるんですよ。あかりも主人公が好きなのに委員長に気が向いていて、そうさせないようにね。
それがね、女性のいやらしさを感じましたね。それを見て僕はこの委員長に全面的に味方してあげようと。
下川 僕が味方しなければ誰が味方するんだと?
押切 そうです。孤独な女性が好きなんですよ。
でも実際はほとんどのヒロインをクリアしたんです。ここに行けば誰がいるのか自分でメモしながら自分で攻略しました。
── そのころは工業高校に通われていたということですが、押切先生は高校時代に部活などには入っていたのですか?
押切 帰宅部でしたね。
下川 僕も工業高校出身ですよ。ボルトを作っていました。
押切 えっ、そうなんですか!
僕は万力を作ったんですよ。「これ何だろうな?」と思いながら作って、最終的にできあがったのが万力だったんです。思い出深いです。
工業高校時代は得られるものより盗られることの方が多かったですね。青春とかね。
下川 青春を盗られたんですか?(笑)
押切 全寮制で机の中に入れっぱなしにしておくと夜に盗まれちゃうんですよ。教科書とか電卓とか。あとカツカレーも盗まれたこともありますよ。水を取りに行って戻ったらなかった(笑)
下川 まあまあ、いろんな人がいますよね(笑)
押切 そんなこんなでどんどん荒んでいってですね。心の支えがないときにToHeartと出会ったんですよ。その頃食べていたドンタコスのナチョチーズ味とかもよく思い出します。
── ゲームをプレイしていたときの友達やお菓子は一緒に記憶に残りますよね。
押切 そうそう。ちょうど17歳で、ToHeartの主人公たちも17歳だったから、感情移入がすごかったんですよ。自分自身と照らしあわせていたんですね。
下川 そもそも美少女ゲームというのはまさに押切先生が言うように、夢や理想を体験させてあげるためのゲームですからね。こんな学校生活や良かったとか、俺もこうでありたかったとか。
押切 そうですね。ちょっとした反発もありましたけどね。「何で俺はこうなんだ!」って(笑)
下川 だから今から青春を迎える小、中学生にはなかなか面白さが伝えづらいんですよ。大人と違って高校生活のイメージが沸かないから。
やはり大人が見て振り返ったときに「俺もこんな高校生活が良かったよ」とか、高校生が見たときに「俺もこんな高校生活が良いなあ」と夢描きながらプレイするジャンルですね。まあ全国を探せばああいう幸せな高校生活を過ごしている人がいるのかもしれませんが。
── 下川プロデューサーもそういった気持ちはあったりしたんですか?
下川 僕もそういう気持ちはありましたね。高校の帰りに友達と3人で校門まで喋りながら歩いていくと、友達の中3の彼女が校門で待っているんですよ。そして男2人と男女に別れて帰る、みたいな。これ、ToHeart2の「袖原このみ」の設定ですね。
制服の違う1つ下の女の子が待ってくれている感動みたいな、僕もあんな学生生活を体験したかったなっていう。
押切 ちなみに友達と2人で帰るときにどこかに行ったりとかしたんですか?
下川 どこかって別に怪しいところにはいかないですよ。自転車に乗って帰りながら買い食いしたりといった感じですね。
押切 なにか屈折した気持ちになったりとかしなかったんですか?
下川 その頃は高1だったんですけど不思議とお互いに空気を読み合っていましたね。漫画とかだと「俺も彼女欲しい」となる場面なんでしょうけど、羨ましいとかはそこまではなかったです。たぶんその当時は別のことで充実していたんでしょうね。
押切 僕もそうでしたね。僕の場合は非現実的すぎて悔しいとかそういう気持ちになれなかったですね(笑)
下川 そうそう、屈折とかそこまではいかないですよね。多分自分には訪れないことだと判断しているから全然眼中にないという。
押切 なるほど。だったら祝福してあげたほうが美しいですね。でも僕のまわりにはそんなシチュエーションがなかったですけどね。
── おふたりとも工業高校で男中心の生活を?
押切 そうなんですけど、だからと言って現実の女の人と付き合いたいという気持ちはなかったんですよ。まだまだ未熟だったから。だから二次元に没頭できたんです。
下川 僕は全力で打ち込みをしていた時代で、某RPGの曲を打ち込み倒していましたね。寝る間も惜しんで曲を書いていて、月に60曲、70曲と打ち込みをしていました。
── 打ち込みに没頭していたことが今も役立っていたりするんですか?
下川 それはあると思いますね。ちなみに当時の僕を知っている方は「あのころものすごく頑張ってたな」とよく言われるんです。でも“頑張る”とか“努力”とかって苦痛の上に成り立つイメージがありませんか?
── 確かにそういうイメージがありますね。
下川 でも単純に好きで、苦痛を感じていないから頑張ったつもりも努力をしたつもりもないんですよね。とにかく好きで好きで打ち込んでいた。今考えたらおかしいですね。
でも単純に曲作りの方が楽しかったというだけで女性に興味がなかったわけじゃないですよ(笑)
押切 ToHeartの音楽は「あたらしい予感」以外に何を担当されたんですか?
下川 何曲かありますけど、「神岸あかり」の曲は僕ですね。
押切 音楽が素晴らしいと思ったんですよ。あれ生音源なんですか?それとも生音源っぽく作っているんですか?
下川 MIDIですね。でもその当時としては機材が充実していましたよ。でも「あたらしい予感」とかは歌モノじゃないですか。あの辺は生ギターとか、生ドラムとかも録ってたんじゃなかったかな。
押切 通常の音楽はMIDIなんですね。“キュイッ”っていう音とかあえて入れていたんですか?
下川 そうです。ギターのフレットの鳴る音とかをちょっと入れてましたね。
押切 他のゲームと比べてあまりに音楽が良かった。ゲームを起動して社名が出てくる音から良かった。音楽が良すぎてコミケでアルバムを2枚買いましたよ。
下川 歌モノの「Brand New Heart」は尼崎にある小さいジャズバーみたいなところで録りましたね。外の車の音も入るところで録ったのがあの曲ですね。
押切 宅録に近いですね。そんな環境でもあの名曲が生まれたんですね。いまだに僕のPCに入っていますよ。いやー、本当に感慨深いです。
下川 ありがとうございます。
── 押切先生がToHeartにハマっていた頃は他にゲームセンターと漫画に没頭といった感じですか?
押切 漫画はまだ描いてなかったですね。漫画のマの字も描いてなかった。あの頃は僕にとってはToHeartの存在がとにかく濃いですね。
下川 ToHeartはゲームとしてはそんなに濃くはなかったでしょう。
── ハートフルなゲームでしたね。
押切 確かに、ゲーム自体は爽やかでしたね。工業高校時代の荒んだ気持ちを癒してくれましたよ。